Betis vs Atletico
04.12.21.martes
日時:第17節 2004年12月21日(火)
対戦:ベティス vs アトレティコ
結果:1−0
得点:1−0 7分 ホアキン
審判:エドゥワルド・イッタルデ・ゴンサレス(バスク)
退場:フアニート(ベティス、78分、黄色二枚)
警告:−(ベティス)
−(アトレティコ)

本日は、ホアキンとの別れがほぼ確実なベティスと9月12日以来アウェイで勝っていないアトレティコの一戦。

試合開始直後、イバガサのバックパスミスからボールを拾ったエドゥがペナルティエリア右へとラストパスを送った。それを受けた、チェルシーに去るとの噂も高いホアキンは、右足を振りぬき、放たれたボールはレオ・フランコの右足をかすめてゴールネットを揺らした。

というのは去り行くホアキンのための一文であり、この試合の一つの見所は、後半に頻出したシステムの変更にあった。

まず、1−0とリードされた後半開始から、ディフェンス主義者のセサル・フェランドが右ボランチをソサからホルヘに代えた。
もともとトップ下のホルヘを入れるということは守備を犠牲にして攻撃の組み立てを優先するという意図であり、負けている場面でのアトレティ定石の一つである。
この試合のホルヘは、ボール接触を少なくパスを捌くことで攻撃に滑らかさをもたらし、チームに活気を与えた。

これまで散々、「眠い」だの「つまらない」だの「アトレティコはサッカーをしていない」だのと言われて来たが、「なんや、やれば出来るやん」という人々の感想を乗せて試合は続いた。

この後は、アトレティコにチャンスの多い展開になった。しかし、それでも点が入らないことに業を煮やしたフェランドはセルジをキキ・ムサンパに代える。これが後半14分。
これは、セルジよりも攻めに強いアントニオ・ロペスを左サイドバックに下げることで、オーバーラップからの攻撃強化を狙っている。

この交代との関係は明らかではないが、その直後にアギレラの素晴らしいパスからトーレスが抜け出す決定的なチャンスを迎え、それを防ごうとしたドブラスの膝蹴りを喰らってピッチに倒れ込んだ。

その騒ぎが一段落した後半20分、セラ・フェレールはトップ下のフェルナンドをボランチのカニャスに代えた。
いや、三人ボランチでもやってガチガチに固めるのか?という疑念をよそに、システムは1−4−1−4−1に変更され、アッスンソンを中盤のカバーに回し、カニャスとアルスでホルヘとルシンにプレッシャーをかけつつ、ディフェンスラインにも圧力をかける方針に出た。

これは受け潰しを狙った交代で、プレッシャーで相手攻撃を阻害しつつミスを誘い、オリベイラのスピードをいかして試合を決める意図を含んでいる。

一言で表せばベティスはリードを背景に守りに入ったわけだが、その守備の方策は引くのではなく、相手ボランチへのプレッシャーを主眼にしている。

そして、後半24分にワシントンという名を持つタイスをバレーラに代えた。
これは、ベティスの左サイドから再三にわたり得点につながりそうなボールを送ってくるイバガサを押さえるためであり、バレーラを攻撃に使う意図からではない。
この左サイドバックはセラの頭痛の種であり、元々右サイドが得意なタイスを無理に左で使っているが、ルイス・フェルナンデス、メジを加えても決定的な選手はいない。

これで相手の攻撃の引き金となる場所を押さえたベティスは徐々に落ち着いてきていたのだが、後半33分にフアニートがこの日二枚目のイエローを頂戴したことで話が変わってしまった。

ベティスの対処はセンターバックもできるアルスを下げて1−4−4−1にするしかなく、これではボランチにかけていたプレッシャーが弱まり、もとの木阿弥である。

このまま攻めても十分にチャンスを作り出せるアトレティコだったが、フェランドは36分にセンターバックのペレアを削ってトップ下にパウノビッチを投入した。
システムを無理矢理書けば、1−3−2−3−2のような配置である。
これは当然、2−0になる危険を覚悟での総攻撃で、時間がなくなれば、前線を4枚にしての放り込みも狙っている。
その後はアトレティコの猛攻が続いた。

この日のアトレティコは後半だけだが、本当に良く攻めた。
完全に相手を圧倒し、何度も決定的なチャンスを迎えていた。
にもかかわらず、まるでボールがゴールラインを割ることを拒否したかのように得点を奪うことはできなかった。
これは、今まで余りにも守備的な戦いを続けてきた報いがきたのとちゃうやろか、などという思いもよぎる。

それはさて置き、2004年度はこれにて終了、ではありますが、また来年お会い致しましょう。

良いお年を。

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