Espanyol vs Real Madrid
04.09.18.sabado
日時:第三節 2004年9月18日(土)
対戦:エスパニョール vs レアル・マドリード
結果:1−0
得点:1−0 42分 マキシ・ロドリゲス
審判:ビセンテ・リソンド(バレンシア)
退場:サムエル(75分、マドリード、黄紙2枚)
サルガド(90分、マドリード、赤紙)
警告:ポチェティーノ、タムード、デ・ラ・ペーニャ(エスパニョール)
エルゲラ、グティ、R.カルロス(マドリード)

先週の火曜日、チャンピオンズリーグにおいてバイヤー・レバークーゼンに3−0と完敗を喫したレアル・マドリード。
その失われた誇りを取り戻すはずだったアウェイでのエスパニョール戦。
結果は見事に裏目を引きにっちもさっちもいかない状況に陥った。

現在のレアル・マドリードの不調は、これまでの補強方針と監督の嗜好するサッカーの齟齬(ずれ)に起因した。

5年で3回のビッグイアーを獲得し、レアル・マドリードが世界のトップとして返いてから今日まで、レアル・マドリードは一貫してボールを持って強いチームを指向してきた。

例えばロレンツォ・サンスの時代には、レドンド、セードルフ、ロベルト・カルロス、ミヤトビッチ、スーケルといった選手を獲得している。
しかし、その当時は、その一方でチームを支える選手、特に中盤、ボランチに人材を集めることにも余念がなかった。
カナンブー、マクマナマン、フラビオ・コンセイソン、ジェレーミ、マケレレ。ビッグイアーを取った年には必ずこれらの裏方が重要な試合で鍵となる活躍を見せた。

ここでは、簡単に、その時代のレアル・マドリードの歩みを振り返ってみる。

ビッグイアーを獲得する基礎となったカペッロ時代、そしてユップ・ハインケスの時代は組織、システムを重視し、その各ポジションにずば抜けたスペシャリストを配置することで他を圧した。
トシャックを経て誕生したビセンテ・デル・ボスケの時代には、システムを「無」ともいえる状態に戻して、手持ちの才能を最大限にいかす配置をその都度導くことで成功を収めた。

こういった流れの中で、ピッチ上で、その役割を最も変化させたのはボランチだった。
ここ最近で最初のビッグ・イアーはレドンドとカナンブー、二回目のそれはレドンドとマクマナマンの組み合わせで獲得された。
オーガナイザーとして最高の能力を発揮していたレドンドがゲームを支配し、それを運動量に優れ選手が守備面でフォローする。
役割分担は極めて明快であり、レアル・マドリードは強さの多くをレドンドが繰り出すパスに負っていた。

そしてその後、ジダン、フィーゴを擁してヨーロッパチャンピオンとなったシーズンのボランチはマケレレ、ソラーリだった。
レドンドとマケレレを比べれば明らだが、実にわかりやすく守備面が強調されている。
これは重くなりすぎた前線、モリエンテス、ラウール、ジダン、フィーゴを支え、チームバランスを取るための選択であり、必然でもあった。

また、このボランチの役割の変化は、まさに、フロレンティーノ・ペレスがとった「ガラクティコ」路線の現実への発露である。
建物でいうならば、年に一人のスーパースター、つまり、攻撃に有り余る才能を持ち守備に不確かな役割しか果たさない選手を獲得することにより天井の重量は増加する。建物でそれを支えるのは基礎部分と柱と壁だが、重い天井に耐えるためには、美しい柱よりも太い柱が必要になる。
記憶に新しいところだが、02−03シーズン、無理に無理を重ねたレアル・マドリードはマケレレという偉大な選手によりかろうじて支えられていたが、彼の怪我によりあっけなく崩壊した。

以上がここ数年の簡単な流れだが、この文脈で、「失敗」といわれた去年のカルロス・ケイロスの仕事を眺めてみると、その性格がよくわかる。

フィーゴ、ジダンに加え、ロナウド、ベッカムを擁するチームの都合上、彼はベッカムをボランチに置かざるをえなかった。
そしてそのパレッハ(相方)になるべき選手の選択に悩んで悩んで悩みぬいた末にグティを起用した。

守備面でより不安を増した前線を支える為にはより太い柱が中盤の底に必要なのだが、そのような選手はただの一人もいない。
ケイロスに残された選択肢は、中途半端に守ることのできる選手をそこに入れるか、守りはさっぱりだが攻撃に十分な才能を持った選手を配置するか、この二つしかなかった。
そして彼は後者を選択した。

これはこれまでの流れを重視した決断であり、英断ともいえる。
ただひたすらに前線を強化しボランチの強化を怠ったために引きおこされた歪み、その歪みを修復しようとせず、歪みを歪みのまま残し、せめてその中でチームの強い部分だけを前面に押し出し戦う。
これがカルロス・ケイロスの決断だった。

それはある程度まで成功し、シーズン後半まで記録的なペースで勝ちつづけた。
しかし、このような「逆切れ」とも言うべき選択は、例えて言うならば、利息すら払えない実業家がさらに借金をして事業を立て直そうするのに似ている。
要するに、はっきりと、その土台に無理がある。

記憶に新しいが、昨シーズンのマドリードはチャンピオンズリーグにおける敗戦をきっかけに、まさに跡形もなく消え去った。
あれほど好調だったリーガでも結局、遥か後方に霞んでいたはずのバルセロナに追い抜かれた。

しかし、あれはあの時点で、レアル・マドリードが得られる結果としては最良に近いものだったのではなかろうか。

翻って見るに、今年の監督、ホセ・アントニオ・カマーチョは組織を重視する。
例えば、リーガ第一節、第二節、における冴えない戦いへの批判に対し、「このチームはもっと前からボールを取り返していかなければならない。」と答えた姿にもそれを見て取ることができるし、エスパニョール、スペイン代表での戦い振りからもそれを窺い知ることができる。

この試合のシステム、1−4−4−1−1、オーウェン、ファンフラン、ソラーリの起用も、組織を重視して戦う姿勢と理解される。

しかしこれは時の流れに逆行する行為である。
いくら監督がそのようなサッカーを嗜好し指向したところで、もはやそれを遂行する人材は残っていない。

センターバックよりも急務であった、ボランチの補強を怠ったツケはあまりにも大きい。

この試合、エスパニョールとレアル・マドリードは同じシステムで戦い、内容的にはエスパニョールの圧勝であった。
それは、現時点での両チームの調子が反映されたこともあるが、根本的には、これまで積み重ねてきた歴史の差が具現したためである。
マドリードよりも遥かに予算の少ないエスパニョールは、生き残るために組織に頼らざるをえない。
これまで、そのために選手を選び、そのために監督を選び、そのために練習を積み重ねてきたのであるから、「餅は餅屋」の言葉の通り、おなじフィロソフィーで戦えばエスパニョールの方が有利である。

現在はカマーチョに対して批判が渦巻いているし、去年はカルロス・ケイロスに対して非難、批判が渦巻いていた。
しかし、いかなる批判、擁護であれ、上のような流れを理解しなければその本質を外してしまうと考えられる。


追記:
9月20日、カマーチョは失意のままレアル・マドリードを後にした。

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