オランダサッカー協会にはいくつかの忌避すべき言葉がある。
キック・アンド・ラッシュ(放り込みサッカー)、ウィズアウト・ボールポゼッション(ボールを保持しない)、カウンターアタック、といったところが主であるが、これは明らかにイングランド、ドイツ、イタリアといったチームを意識している。
そして自分たちのサッカー観、ポゼッションを重視した攻撃的なフットボールと1−4−2−1−3システムに非常な矜持を抱いている。
そのネーデルランドご自慢のスリートップだが、両サイドに大きく開くウィング、このポジションに適切な人材を得るのは非常に難しい。特に両サイド同時にそのような選手を揃えるのは至難の技である。
その昔オランダサッカー協会の人間に、ウィングに人材が見つからない場合、システムを変えるのか、と尋ねたところ、「いや、国中を探してもそれに相応しい人材を見つけてきてそのポジションに起用する」という答えが返ってきた。
その言葉の通り、この日のオランダは1−4−2−1−3。
しかしながらそのシステムを遂行するにあまりにも問題が多過ぎた。
まず右サイドのファン・デル・メイデはライン際でのプレーが得意とは言えず、受けたボールの多くを失った。片側を切られたウィングは非常に専門性の高いポジションであり、その場に置いていきなり機能するわけではない。
またボランチにオーガーナイザー(ゲームを組み立てる人間)を置かなければ横に大きく張り出したウィングは不良債権と化す。彼らを本当に活用しようと思うならば、敵のサイドバックが中央に絞った瞬間、つまり敵サイドバックとウィングの間に距離が開いた瞬間に前を向いて受けられるパスを出す必要がある。特にボランチ、ディフェンスラインからそのうようなパスを出す必要がある。
その為には、理想的にはクーマン、せめてフランク・デブール並みの正確なパスが出せるディフェンスが一人、ボランチには、その昔のビム・ヨンク、他国で言えばグァルディオラ、ドゥンガ、シャビ・アロンソのような広い視野を持ち、極めて正確なミドルパスを操る選手が必要である。
サイドはスペースが狭いこともあり、本来ディフェンスし易いゾーンである。そこで後ろを向いてボールを受ける、もしくは敵との距離が近い状態でボールを受けるようでは敵にとってのカモでしかない。
オランダのシステムでは、ウィングがディフェンスとの距離が開いた状態で前を向いてボールを受け、さらにサイドでの一対一において高確率で勝利を収めて初めて相手の全体を押し下げることができ、有効な攻撃を継続することができる。
しかしながらその前提になるものが多く、実際に機能させるのは非常に難しい。
この日のオランダは著しくその前提を欠いていた。
まずディフェンスラインではボウマが一度素晴らしいパスをファン・デル・メイデに通したものの、全体を通して見ればそのような場面は少なく、シュタムも含めてパスが出せるディフェンスとは言えない。
また中盤の底にはダビッツ、コクの二人の左利きが並び、ゲームをつくる以前の問題で苦しんでいた。この中で正確なパスを出すのはコクだが、右サイドに配置されては苦しい。ボランチのポジションで相手が寄せてきた場合、どうしてもボールを守るために効き足とは逆の肩を敵に向けるざるを得ない。左利きの人間が右サイドでそのような体勢をとれば、当然、右サイドにパスを出すのは難しくなる。よって左のボランチにパスセンスが欠ける状態で右ボランチに左利きを採用すると右サイドが麻痺状態に陥る。
これを承知で左サイドに選手を集中させればまだどうにかなるのだが、オランダ人はそれでも頑固に右ウィングを置く。理論なんぞは百も承知で右ウィングを置く。
なんだかんだ言って、その頑固さが好きなんやけどね。
この試合のファン・デル・メイデがウィングかミッドフィールダーかは議論の余地があるところだが、本人達が「ウィング」と言い張るのだからそれでよいのではないかと。
今のオランダ代表は異常に左利きが多い。ボウマ、ファン・ブロンクホルスト、コク、ダビッツ、ファン・デル・ハート、ゼンデン、実に先発十一人中六人が左利きである。少なくとも私が見たチームの中では最多記録を更新している。
適当な左利きがいない、という問題はしばしば引き起こされ、それに対してはある程度の解答が用意されているが、左利きが多すぎてどうにもならない、とう問題は目新しいので今後解決を試みる価値があるかと。
一方のドイツ代表の先発メンバーには一人も左利きがいない。これまた極端な話である。
中盤では右ボランチのハマンがカバーを担当し、バウマンはそのやや左前を埋めながら敵の右ボランチへのプレッシャーを担当、バラックは左ボランチへのプレッシャーを受け持つ。前半はコクを警戒してバウマンが素早くプレッシャーに出ていると思ったのだが、後半シュナイダーが右ボランチに入った後も同じ行動を繰り返していたので、二人のボランチに対して基本的にこのような応対するようだ。
どうでもいいが、通常よりもやや長い袖の長袖ユニフォームを着て手首の下まで隠れた状態を一部で「ドラえもん」スタイルと呼ぶが、あれをやるとハマンでもなんとなく可愛く見えてくるから不思議である。
左のフリングスはやや内側で守備に重きを置き、右のシュナイダーは右ウィングのような位置まで頻繁に上がる。しかしながら後半オーフェルマースの登場後はフリードリッヒへのヘルプに追われ攻撃面での働きが鈍った。さしたるスピードの無いシュナイダーではあるが、オーフェルマースに内側への切り返しを絶対に許さない、絶妙の距離とスピードで戻り、敵を一方向に追い込んでいく守備は彼らしい。
67分のシュバインスタイガー投入は押し込まれた右サイドをもう一度押し返すためであったと思われるが、それが成功したかどうかは、守備と攻撃の総収支を考えると微妙である。
この試合のハイライトは74分のファン・ホーイドンク登場後。
その後の流れを見れば明らかなように、この交代の意図は放り込み。ボランチでゲームをつくれないのならばそれを諦め、とにかく後方からごっついファン・ホーイドンクの頭めがけてロングボール、しかる後にそのこぼれ球を拾ってなんとかする、これをこれ、世の中では放り込みサッカーと言う。
最初に書いたように、オランダサッカー協会はキック・アンド・ラッシュを嫌っている。特にイングランドサッカーについて語り、キック・アンド・ラッシュを語る際には正に忌避語を口にするような態度を見せる。
現在の特異的なオランダサッカーを支える根底には、おそらく、「自分達はイングランド、ドイツといった連中とは違う」という自意識が根底にあり、その差異を強調することがダッチフットボールを築きあけた理由の一部であろう。
記憶に新しいところでは、1998年、フランスワールドカップにおいてヒディング率いるオランダは敗色濃厚なブラジル戦において最後まで放り込むことなくボールポゼッションを重視し、ギリギリの段階で追いついた。
2000年、ベルギー・オランダヨーロッパ選手権において、ライカールトは一人少ないイタリアに対しサイドにウィングを貼り付けたまま戦い、相手の1−4−4−1システムにはまり込み敗れ去った。
良きにつけ悪しきにつけ頭の固いダッチ、その彼らが多くの人が見守るユーロの舞台でイングランド顔負けの放り込みをやった。
これは非常に意義深いことではなかろうかと。
監督が変われば考え方も変わるので当然と言えば当然だが、少なくとも、ダッチフィロソフィー(オランダ哲学)を広めるため不断の努力を惜しまず、ユース世代からボールポゼッションを目指して教育を行い、監督にも同様の考えを植え付けようと日々働いてきた協会の感情としては面白くないのではなかろうか。
ちなみにドイツはファン・ホーイドンクの登場後、バウマンをディフェンスラインに近い位置まで下げバラックをやや左後方に置くことで相手のロングボールに備えている。
前線に三人を残してカウンターを強化する方針も有効だが、相手に合わせてディフェンスを増やす手法に出た。
ドイツは左サイドからの攻め筋が無く、今後これが問題になる可能性もあるが、チーム全体が手堅くまとまっており、特に守備面において穴がない。
オランダは上に述べたように問題が満載だが、その解法に非常な興味が持たれる。
次回のグループD、カウンターに徹してくるであろうチェコをオランダがどう迎え撃つか、大いに注目されるところであります。