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プエルタを思う
(2007.08.29)
アントニオ・プエルタは帰らぬ人となった。 ビルヘン・デル・ロシオ病院の集中治療室で、アントニオ・プエルタは息をひきとった。 10ヶ月前、君はU21の合宿所を去った。 フル代表に召集されたためだった。 2006年10月7日、君はスウェーデン戦のピッチに立っていた。 4シーズン前、君は19歳でトップチームに昇格した。 最初の年は、1試合に出場した。 2年目は9試合だった。 そのころ、左サイドバックにはダビーがいた。 セビージャに来て6年、一度もレギュラーの座を失ったことのない選手だった。 そのころ、左中盤にはアドリアーノがいた。 リーガで最も評価の高い左利きの1人だった。 君は彼らと争い、出場機会をつかんでいった。 3ヶ月前、君はグラスゴウでPKを蹴っていた。 2007年5月16日、セビージャは2年連続でUEFA杯を制した。 2ヶ月前、君はサンチアゴ・ベルナベウでPKを蹴っていた。 2007年6月23日、セビージャは国王杯を制した。 3日前、君はリーガの開幕を告げるピッチにいた。 30分後、君は突然倒れた。 意識を失っていた。 しばらくすると立ち上がり、自らの足で控え室に消えた。 そして再び心臓は停止した。 心臓は5度止まった。 その度に動き出した。 2007年8月28日、君は帰らぬ人となった。 病院の前では、人々が泣き崩れていた。 その中には、多くのベティコがいた。 チームはアテネにいた。 試合は中止された。 妻は妊娠していた。 出産まで3ヶ月だった。 君は自然と人の注目を集める選手だった。 才能のある選手はピッチで独特の輝きを放つ。 君にはそのきらめきがあった。 3年目は29試合に出場した。 4年は47試合に出場した。 すべては、これからだった。 |
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