
11 de Marzo − マドリッド列車爆破テロ
(2003.03.14)
2004年3月11日、午前7時39分から4分の間に、通勤者でごったがえす4つの列車で爆弾が炸裂し、多くの乗客が帰ぬ人となりました。
私は午前11時まで太平楽に寝ており、友人からの電話で目を覚ましました。
慌ててテレビをつけると、見慣れたアトーチャ駅の周囲に腰をおろす、血まみれの人また人。
呆然とした頭によぎったのは、友人の無事を確認すること、そしてアトーチャに行くこと、この2つだけでした。
取り急ぎ着替え、公衆電話に駆け寄り人々の無事を確認する。その後、地下鉄に飛び乗りテロ現場に向かうが、爆破の影響により、ソル駅で地下鉄が寸断されていたため徒歩でアトーチャへ向かう。
途中、通りにはサイレンが響き渡り、病院の前では白衣の人が群がり、訪れる家族とおぼしき人たちに声をかけている。
プラド美術館の前を抜け、レイナ・ソフィア美術館、アトーチャ駅に近付くにつれサイレンの音が大きくなっていく。
道を左に折れ、しばらく歩くと、駅の入り口前に、50人程の警官と300人程の群集。
人々は一様に表情もなく、見えるはずのない駅構内を見ているかのように、彫像のごとく立ち尽くしている。
通りには車のエンジン音と、それを誘導する警官の笛の音だけがのろのろと響いている。
サイレンが遠くに聞こえる。
ただ立ち尽くすためだけに駅に行き、日本に無事を知らせるため、インターネットカフェに向かう。
なぜ現場へ行こうと思ったのかはわからない。
あまりにも見慣れた場所で、あまりにも非現実的な光景が展開されていた。
テレビで眺めている限り、事件は現実にならない。
だからこそ現場へ行く必要があった。
後から考えれば、何事にも理屈はつく。
今年のチームの練習場はエントレビアス(Entrevias)という駅から徒歩四分の場所にある。
下の図において水色で囲まれた Asamblea de Madrid Entrevias がそれにあたる。

赤い線で囲まれた、アトーチャ(Atocha)、エル・ポッソ(El Pozo)、サンタ・エウヘニア(Santa Eugenia)、これらの駅で列車は爆破された。
私は練習に行く時、常に列車を利用する。
エル・ポッソにはラージョ・バジェカーノの下部組織があり、知り合いがコーチをしている。
かつて、自分につながりのない人が死んだ時、これほどのダメージを受けたことはなかった。
大学時代、まったく役に立たない時間を、最も長く、共に過ごした先輩。彼が就職後、蜘蛛膜下出血で倒れ、帰らぬ人となった。その日に感じた気持ちとは同じようで、まったく違う。
今回のショックを分析するとすれば、
・数多くの通勤者が亡くなった
・人をより効率的に殺す為、最悪を尽くした人間がいる
・時間が異なれば自分が死んでいた
以上の三点に思い当たる。
朝の7時39分、ホームも電車も通勤客でごったがえしている。
後5分寝ていたいのに、無理矢理ベットから体を剥がし、寝ぼけまなこで家族と共にコーヒーをすすり、ほな行って来るわ、と家を出る。
いつものように自動改札に切符を入れ、いつものホームでいつものように遅れる列車を待つ。
そして、やってきた列車に乗り込み、二度と家には戻らない。
理不尽に切断された日常が胸に突き刺さり、離れません。
また、今回のテロは極めて周到に準備され、最小の労力で最大の効果を上げるよう計画されていた。
・駅が最も混雑する時間にホームで列車を爆発する
・一つの車両で小さな爆発を起こし、人々が他の車両に非難した頃合を見計らって大きな爆発を起こした形跡がある
・怪我人を助ける人々を殺害すべく時間差で爆弾が仕掛けられていた
人を殺すため、効率的に殺すため、最悪を尽くした人間がいる。
その人間達を追い、捕え、捌いたとしてもその種はなくならない。
彼は狂った人間ではない。冷静に事実を分析し、最適な判断を下す頭脳をもっている。
彼らを人殺しに駆り立てるもの、彼らがそうなった理由、ならざるを得なかった理由。
精神異常、宗教的、思想的狂気だけで片付けられる問題ではないはずである。
今回のテロを日本で聞いていたなら、決してこのようなダメージを受けることはなかっただろう。
想像力の及ぶ範囲は狭い、それを痛感する。
マドリーは三月十日までのマドリーではない。人々の心の奥深くにある何かが変わってしまった。
昨日、スペインリーグ二部、ラージョ・バジェカーノ対レガネスの試合が、事故現場に程近いテレサ・リベロ・スタジアムで行なわれた。全ての観衆が立って選手の入場を迎えた。観客席は涙に溢れていた。垂れ幕には「弟と全ての犠牲者へ」と書かれていた。
サンチアゴ・ベルナベウでは七万人の人間が黙祷を捧げた。
サン・セバスティアンではアトレチコが喪章を付けて戦っていた。
人は悲しみが溢れると集う。サッカーがそういった場になるのであれば、このような日にプレーする意味はあるのだろう。
付記:
トップページとこのページにある黒いリボンは、クレスポン・ネグロ (Crespon Negro) といい、死者の冥福を祈り掲げられるものです。